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東京地方裁判所 昭和32年(ワ)1274号 判決

原告(反訴被告) 倉又兵太郎こと倉又家明

被告 石井よし 外六名

被告(反訴原告) 斎藤東太郎

主文

本訴原告の請求を棄却する。

反訴原告の請求を却下する。

訴訟費用は本訴によつて生じたものは本訴原告の負担とし、反訴によつて生じたものは反訴原告の負担とする。

事実

(本訴について)

本訴原告の請求の趣旨及び原因は、別紙訴状及び請求の趣旨拡張申立並に準備書面記載のとおりである。

本訴被告等は請求棄却の判決を求め、答弁として、本訴原告主張のような各種の登記のあることは認めるが、その他はすべて争う。本訴被告石井よし、同石井利男、同石井清子、同石井茂子、同石井信夫、同石井光春(以下本訴被告石井等という)は本訴原告に対し本訴原告主張の土地を売渡したことはあるが、本件土地は農地であつて、その売買について都知事の許可がないものであるから右の売買は無効である。従つて、有効な売買のあつたことを前提とする本訴原告の請求は失当である。仮りに然らずとするも、右売買は昭和三〇年八月八日解除により失効したものであつて、本訴被告石井等は翌九日本訴原告に対して売買代金の内金として本訴原告から受領していた金五一万一二七〇円に利息の意味で金一万〇七三〇円を添え、合計金五二万二千円を返還しているから、この点からしても原告の請求は理由がないと述べ、

本訴原告は本件土地が農地であること及び本訴原告と本訴被告石井等の本件土地の売買について都知事の許可のないことは認めると述べた。

(反訴について)

反訴原告の請求の趣旨及び原因は、別紙反訴状記載のとおりである。

反訴被告は請求棄却の判決を求め、反訴原告主張のような各種の登記のあることは認めるが、反訴請求は理由がないものであると述べた。

理由

(本訴について)

本訴原告の請求は本訴原告と本訴被告石井等の間に農地である本件土地を宅地に転換した上で売渡すという契約が成立したことを前提とするものであつて、このことは別紙訴状及び準備書面の各記載に徴し明瞭である。ところで、農地を農地以外のものにするために売渡すには都道府県知事の許可をうけることを要し、許可を受けないでした行為はその効力を生じないものと定められている(農地法五条)。しかして、本訴原告主張の売買について都知事の許可のないことは同原告の自認するところであるから、同原告主張の本件土地の売買はその効力を生じえないものといわなければならない。従つて、右の売買が有効に成立したことを前提とする本訴原告の請求は、爾余の判断をするまでもなく、その理由がない。

(反訴請求について)

本件反訴は本訴の目的たる請求又は防禦の方法と牽連するものとは認められないから、不適法なものとしてこれを却下する。

なお、無用の訴訟を防止するため、実体上の判断を念のため次に示しておく。

反訴原告は別紙目録(一)の土地につき昭和三〇年八月八日反訴被告のために売買予約を原因としてなされた所有権移転請求権保全の仮登記の抹消登記手続を求めているが、その理由とするところは、反訴原告は反訴被告の右仮登記に先立つて同月六日売買予約による所有権移転請求権保全の仮登記をうけ、次いで昭和三一年三月一日売買の本契約が成立してその所有権の移転をうけ同月九日所有権移転の本登記をしたから、反訴被告の右の仮登記は反訴原告に対抗できないものであつて抹消せらるべきものであるというのであるが、反訴原告のこの主張はそれ自体において理由がないものと考える。「本登記の順位は仮登記の順位に依る」と定められているが、これはあくまで登記法上の登記の順位についての定めであつて、仮登記に基いて本登記がなされた場合には仮登記の時に本登記がなされたものとみなして取扱うという趣旨ではない。いい換えれば、本登記の時点が仮登記の時点にまでさかのぼるという意味ではない。いわんや、仮登記のある場合には本登記の登記原因が仮登記の後に生じたものであつても法律上、仮登記の時に本登記の登記原因がすでに備わつたものと擬制して、仮登記の時にさかのぼつて実体上の権利変動を第三者に対抗できるというような意味では決してないのであつて、本登記の登記原因たる実体上の権利変動は本登記のあつた時から仮登記の順位によつて第三者に対する対抗力を具備するにすぎないものと解すべきものであるから、反訴原告が反訴被告の仮登記に先立つ仮登記に基いて本登記をしたからといつて、反訴被告の仮登記が反訴原告の所有物件についてなされた登記原因を欠く仮登記であるというわけにはゆかない。反訴被告の仮登記は依然として有効な仮登記であつて、これが抹消を求めることは許されないし、また、この仮登記をそのまま存続せしめても反訴原告の法律上の地位には何等の影響もないのであるから、その抹消登記手続を求める実益もないわけである。従つて反訴原告のこの点に関する請求はそれ自体理由がない。

また、反訴原告は仮処分の記入登記の抹消を求めているが、記入登記の抹消は仮処分の取消によつてなさるべきものであるから、この点の請求も亦理由がない。

右のとおりであるから、本訴請求を棄却し、反訴請求を却下すべきものとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 石井良三)

訴状 請求の趣旨

原告に対し

一、被告斎藤東太郎は別紙物件目録第一記載の土地につき、東京法務局板橋出張所昭和参拾年八月六日受付第壱八九六一号を以て登記した所有権移転請求権保全仮登記及び同出張所昭和参拾弐年壱月拾六日受付第七四七号を以て登記した所有権移転登記竝に別紙物件目録第二記載の土地につき、東京法務局板橋出張所昭和参拾年八月六日受付第壱八九六一号を以て登記した所有権移転請求権保全仮登記及び同出張所昭和参拾壱年参月九日受付第六四参八号を以て登記した所有権移転登記の各抹消登記手続をせよ。

二、被告品川吉造は別紙物件目録第一記載の土地につき東京法務局板橋出張所昭和参拾弐年壱月拾六日受付第七四八号を以て登記した抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。

三、被告石井よし、同石井利男、同石井清子、同石井茂子、同石井信夫及び同石井光春は別紙物件目録第一及び第二記載の土地につき、畑を宅地目変更の上所有権移転登記手続を為し且つ右土地を引渡せ。

訴訟費用は被告等の負担とする。

との御判決竝に仮執行の御宣言を求めます。

請求の原因

一、原告は、訴外山口とく及び同佐藤庄作の仲介により、被告石井よし、同石井利男、同石井清子、同石井茂子、同石井信夫及び同石井光春の六名(以下被告石井六名と略称す)より昭和三十年四月二十六日被告石井六名の所有に係る別紙物件目録第二記載の土地(以下第二土地と略称す)を代金五拾七万円也にて、更に昭和三十年四月二十一日同じく別紙物件目録第一記載の土地(以下第一土地と略称す)を代金六拾万円也にて左の特約のもとに売買契約を締結した。

(一)、原告は被告石井六名に対し右売買契約締結と同時に各手附金拾万円也宛を支払うこと

(二)、被告石井六名は原告に対し、右土地の地目畑を宅地に変更の上、所有権移転登記手続を為すこと

(三)、原告は被告石井六名に対し被告石井六名が右所有権移転登記手続を完了すると同時に右手附金を差引いた残代金を支払うこと

二、而して、原告は被告石井六名との右土地売買契約に基き右契約締結と同時に、各手附金拾万円也宛を支払い、更に被告石井六名の請求により昭和三十年四月二十六日代金内金弐拾壱万円也、同年五月二日同じく金拾九万也、合計金四拾万円也を支払い、更に右土地所有権移転登記手続完了と同時に残代金を支払う特約に基き、其の支払金五拾七万円也を準備して待つていた。

三、ところが、被告石井六名は、何時迄経つて原告に対し、右土地の地目変更及び所有権移転登記手続をしないので、原告は、昭和三十年八月初頃被告石井六名に対し、右手続の履行を請求したところ、被告石井六名は同月十三日頃原告に対し、一方的に右土地売買契約解除の通告をして来た。

四、其の間、被告品川吉造及び同斎藤東太郎は原告と被告石井六名との間の右土地売買取引に介入して、不当の利益を得ようと画策し、原告と被告石井六名との間に昭和三十年八月三日右第一土地につき、売買予約に因る所有権移転請求権保全の仮登記の約束が成立し、司法書四ツ田某に右登記手続を委任しておきながら、被告等は共謀して右司法書士四ツ田某をして、右登記手続を延引させおき、同月六日被告石井六名と被告斎藤東太郎との間に右第一及び第二土地の双方につき売買予約に因る所有権移転請求権保全の仮登記(東京法務局板橋出張所昭和三十年八月六日受付第壱八九六壱号)を為した。(被告石井六名は原告に対し昭和三十年八月八日第一土地につき所有権移転請求権保全の仮登記を完了した)。

五、原告は被告石井六名の不当なる右土地売買契約の解除には応じられないので、被告石井六名に対する右第一及び第二土地の地目変更及び所有権移転登記手続竝に右土地引渡請求訴訟の前提たる保全処分として、右土地の処分禁止及び占有移転禁止の仮処分(御庁昭和三十年(ヨ)第四七三七号)決定を受け、東京法務局板橋出張所昭和三十年九月十五日受付第弐弐五〇六号を以て右仮処分の登記を為したところ、更に被告石井六名及び被告斎藤東太郎は第二土地につき昭和三十一年三月九日、東京法務局板橋出張所受付第六四参八号を以て所有権移転登記をなし、昭和三十二年一月十六日同出張所受付第七四七号を以て第一土地につき所有権移転登記をなし、被告斎藤東太郎及び被告品川吉造は第一土地につき昭和三十二年一月十六日同出張所受付第七四八号を以て抵当権設定登記をなした。

六、然しながら右の如く被告斎藤東太郎及び品川吉造の第四項及び第五項記載の各登記は何れも原告と被告石井六名との間の第一及び第二土地売買契約に基く原告の債権を害する行為であつて、右行為の当時原告の債権を害することを知つていたものであるから原告は民法第四百二十四条に基き被告斎藤東太郎に対し請求の趣旨第一項一記載の通り各登記事項の抹消登記手続を請求し、被告品川吉造に対し請求の趣旨第一項二記載の通り登記事項の抹消登記手続を請求するものである。

七、被告石井六名に対しては第一項記載の土地売買契約に基き第一及び第二土地の地目変更及び所有権移転登記手続竝に右土地引渡の履行を求めるため原告は昭和三十一年九月十一日豊島簡易裁判所に民事調停申立をなし、之が調停を試みたが、被告品川吉造及び被告斎藤東太郎の阻害により右調停は昭和三十二年二月十一日遂に不調に終つたので、茲に請求の趣旨第一項三記載の通り右履行を請求するものである。

物件目録

第一、土地

東京都板橋区蓮根参丁目参番の六

一、畑 七畝拾六歩

第二、土地

東京都板橋区蓮根参丁目弐番の八

一、畑 八畝六歩

請求の趣旨拡張申立竝に準備書面

請求の趣旨拡張

請求の趣旨第一項第三号の次に左の一号を加えます

「四、被告石井よし、同石井利男、同石井清子、同石井茂子、同石井信夫及び同石井光春が第三号の各土地所有権移転登記手続及び右土地の引渡ができない場合は、被告石井よし、同石井利男同石井清子、同石井茂子、同石井信夫及び同石井光春は金弐百八拾四万四千円也及び之に対する昭和三十二年三月二十六日以降完済に至る迄年五分の割合による金員を支払え。」

請求の原因補充

一、原告が被告石井六名に対する第一及び第二土地の地目変更、所有権移転登記及び引渡請求に関する原因竝に被告斎藤東太郎に対する第一及び第二土地の所有権移転請求権保全仮登記及び所有権移転登記の各抹消登記手続請求に関する原因については訴状中請求の原因の各項に述べた通りである。

二、然るに、若し仮りに、本件第一及び第二土地について被告石井六名から被告斎藤東太郎に対し既に売買による所有権移転登記が為されているため被告斎藤東太郎が右第一及び第二土地の正当なる所有権を有するために、原告の本訴請求が理由無いものとして被告斎藤東太郎の右第一及び第二土地に関する所有権移転請求権保全仮登記及び所有権移転登記の各抹消登記手続ができない場合竝に従つて被告石井六名が原告に対し右第一及び第二土地の所有権移転登記及び引渡ができない場合は、被告石井六名は被告石井六名と原告との間の本件第一及び第二土地の売買契約に基く右第一及び第二土地の所有権移転登記手続及び引渡について被告石井六名の責に帰すべき事由に因つて履行することができなくなつたものであるから原告は被告石井六名に対し損害賠償の請求を為すものである。

三、而して原告の被告石井六名に対する右損害賠償請求額の算定については、原告は本件第一及び第二土地に原告の経営する金属挽物工場を建設し、之に附属する事務所、倉庫等を建設する目的を以て被告石井六名から右第一及び第二土地を買受けたものであつて、若し被告石井六名に於て右土地売買契約に基く債務の履行ができない場合は原告は右第一及び第二土地に代るべき同等の他の土地を買い求める必要があるのであつて、右第一及び第二土地と同等の土地の現在に於ける売買価格は一坪当り金六千円であるから右第一及び第二土地の総坪数四百七十四坪に相当する売買価額は金弐百八拾四万四千円となるので、原告は被告石井六名に対し、右金額に相当する損害金竝に之に対する本訴状送達の翌日より完済に至る迄年五分の割合による金員の支払を請求する次第である。

反訴請求の趣旨

反訴被告は反訴原告に対し別紙目録記載の(一)の土地に付東京法務局板橋出張所昭和三十年八月八日受付第一九〇七一号を以て為した同年同月三日売買予約による所有権移転請求権保全の仮登記の抹消及同目録記載の(一)及(二)の土地に付同出張所昭和三十年九月十五日受付第二二五〇六号を以て為した同年同月十四日東京地方裁判所仮処分命令による譲渡、質権抵当権、賃借権の設定その他一切の処分禁止の仮処分の登記の抹消の各手続をせよ。

訴訟費用は反訴被告の負担とする。

との御判決を求める。

請求の原因

一、反訴原告は本訴の共同被告である石井よし外五名と別紙目録記載(一)及(二)の土地に付昭和三十年八月五日売買予約を為し翌八月六日所有権移転請求権保全の仮登記を為し、

其の後右(一)の土地に付ては昭和三十一年三月一日売買の本契約が成立し同年同月九日所有権移転の本登記を為し、又(二)の土地に付ては昭和三十年八月六日売買の本契約が成立し昭和三十二年一月十六日所有権移転の本登記を為した。

二、反訴被告は反訴原告の昭和三十年八月六日の所有権移転請求権保全の仮登記に後れて同年同月八日本件(二)の土地に付て同月三日付売買予約による所有権移転請求権保全の仮登記を前記石井よし外五名との間に於て之を為したが、反訴原告は昭和三十年八月六日の仮登記を昭和三十二年一月十六日本登記と為したるにより、反訴被告の右仮登記は反訴原告に対抗し得られさるものなるにより反訴被告の仮登記の抹消手続を求める。

三、又反訴被告は前記の如く反訴原告が本件(一)(二)の土地に付て仮登記を為したるも未だ所有権移転の本登記を経由しない間である昭和三十年九月十四日東京地方裁判所に於て前記石井よし外五名を相手方とし処分禁止の仮処分命令を得て同年同月十五日其の旨の仮処分の登記を為した。

然しながら前項に於て述べたとおり、右(一)(二)の土地に付其の後反訴原告に於て仮登記を本登記に為したので右仮処分の登記は反訴原告に対抗し得さるものとなつたのであるから之が抹消の登記手続を求めるものである。

目録

(一) 東京都板橋区蓮根三丁目二番の八

一、畑 八畝六歩

(二) 同都同区蓮根三丁目三番の六

一、畑 七畝十八歩

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